羽生結弦選手のアクシデントに思うこと

羽生結弦選手のセンセーショナルな中国でのGPシリーズ第3戦から時間がたつにつれ、さまざまな意見が世論を席巻しています。

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演技の直後は、アクシデントに見舞われても演じきった羽生選手を讃える意見が大半。
半日くらいしてからは、あの状態で競技を続行させた判断はまずかったのではないかという意見。この中にはわざわざご丁寧に、同日東京では日本臨床スポーツ医学会が開催されている中でのアクシデントだった、と報じていたものもありました。
さらに半日後には、日本スケート連盟における帯同ドクター増員を検討する必要があるのでは、など、時々刻々と世論の矛先が移り変わっていくことが見てとれる一日あまり。
日本臨床スポーツ医学会における頭部外傷の分野の責任者でもあるドクターをはじめ、身近にいるスポーツドクターの資格を持つ脳神経外科医に、この件に関するお話しを聞くことができました。
現在脳震盪について、学会としてのガイドラインはまだありません。スポーツの現場においては日本ラグビーフットボール協会や日本アメリカンフットボール協会から示されたガイドラインがあり、それが「脳震盪ガイドライン」と呼ばれたりしているようです。
現在、脳震盪のガイドライン作成についての中間報告が、日本脳神経外科学会のHPに掲載されているほか、脳神経外科学会の下の学会である日本神経外傷学会でガイドライン作成が急がれている中でのアクシデントでした。
今回の大会に日本体育協会公認スポーツドクターは帯同しておらず、現場に居合わせたアメリカのチームドクターの判断だったと報道されていました。参加選手3名の国際大会にスポーツドクターが帯同するか否かについて、世論が議論する立場にはありません。
また、もしスケート競技にスポーツドクターが帯同していたとしても脳神経外科専門のドクターが帯同することはまずないでしょう。なぜなら、スケート競技における頭部外傷は決して多くはありませんから。
今回の一連の出来事を眺めていて思うことは、現場での判断はその時点におけるベストなものであったと考え、それを外野から、またあとから批判すべきではない ということ。
産婦人科の世界では、お産の最中に帝王切開を選択せざるを得なかったケースがあったとして、なぜ帝王切開にしたのか、なぜ下から産めなかったのかと、あとからその判断を責められることはありません。その場にいなければ知り得ない状況があることを皆が理解しているからです。
羽生選手のアクシデントでも、あの時本当に脳震盪だったのかすら、現時点ではわからない。もし脳震盪が疑われたとしても、医学的なガイドラインすらない中で、かつ短時間での判断は困難を極めたはずであり、現場の判断だけを責めることはできません。
ただ今回の痛ましい出来事を糧に、これから私たちがすべきことがあります。くり返す頭部外傷によって将来起こりうること=疾病、障害を明らかにし(多くの先輩アスリートの歴史からわかっていることはたくさんあります)スポーツ界全体で選手を守る努力をすること。
そして、わが国のスポーツの世界全体でみられるスポーツ文化のあり方を改めること。つまり、悲劇のヒーローや、アスリートの自己犠牲の上にのみ成り立つ美しいストーリーが賞賛されてしまいかねない日本のスポーツ文化を改めること。
まずは羽生選手の快復を望み、今回の出来事が彼の競技人生だけでなく、彼の人生すべてに大きな影響を及ぼすことがないよう祈りたいと思います。
(写真は、友人からいただきました)

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